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【25周年企画】KnKと私(12) -理事 玉村 翔吾-

国境なき子どもたち設立25周年を記念して、関係者のインタビューを連載します。

【25周年企画】KnKと私(12) -理事 玉村 翔吾-

「共に成長するために」の理念を基に、目指す方向に向かって揺らぐことなく進んでいくことを望みます。

– KnKと関わるきっかけを教えてください。

中学2年生だった1996年に国境なき医師団(MSF)日本の子どもレポーターに応募し、同年ラオスに行ったことがきっかけです。また1996年当時、私の周りには地元の工場で働くために子ども連れで家族で来ているペルー人が多くいました。母がスペイン語を話せることもあり同年代のそうしたペルーの子どもたちと遊んでいました。そのような体験から日本と海外との違いなどにより興味を持つようになりました。その後も歴代の子どもレポーターや国境なき子どもたち(KnK)の友情のレポーターたちの報告会に参加などしていて、2016年にKnKの理事に就任いたしました。

友情のレポーター報告会で先輩レポーターとして挨拶をする(2007)

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– 現在、どのようなお仕事をしながらKnKの理事をされていますか?

本業での玉村理事・右(2021)

農業用の遮光ネットや防虫ネットを製造・販売をする会社で営業をしています。ラオスに行ったことがきっかけとなり土や水に興味を持ち、大学で農業を学び、前職で食品の卸業に携わり今に至ります。近年温暖化で農業も今まで通りに作物を育てることが出来にくくなり、それぞれの土地で栽培に適する環境を作ることが必要となっており、そこに貢献したいと思っております。

– KnK設立から、今年の9月で丸25年が経ちました。KnKのこの間の活動を理事としてどう見ていますか?

苦境に陥っている国内外の青少年をサポートしていく活動を25年間続けてこられたことは素晴らしいと思っております。例えばカンボジアやフィリピンの「若者の家」から巣立った若者たちが学校を卒業出来たり、職を得て社会の一員になれていることは25年の活動の大きな成果だと思います。

数年前からKnKの創設者のドミニクをトップとする組織から3人のマネージャーの合議制に移行し運営されていますが、ドミニクの理念を受け継ぎ運営できていることは理事としてうれしいことだと思っております。
今後はこのような活動に関する情報を発信していき日本だけでなく世界の人たちと共有していくことを目指していきたいと思っております。

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– 1997年と現在とで、世界情勢や日本の立ち位置も変化しています。今後、KnKに求められる役割は何だと思いますか?または何を期待しますか?

KnKに求められる役割は25年前と大きく変わることはないと思います。「共に成長するために」の理念を基に目指す方向に向かって揺らぐことなく進んでいくことを望みます。

「友情のレポーター」渡航前の集まりにて。後輩たちにアドバイスする玉村理事・左端(2017)

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– KnKが各地の苦境にある子どもたちと共にあるためには、新たな仲間が必要です。彼らに向けたメッセージをお願いします。

中学生の時に子どもレポーターとしてラオスで体験したことは私の社会を見る目を深くしてくれました。国内外の問題に興味を持ち続けるだけでなく、実際に関わることで得るものが増えていくと思います。KnKはいつでも皆さんに門戸を開いていますので、何かを得る機会としていただけましたら幸いです。

認定NPO法人国境なき子どもたち(KnK)
理事 玉村 翔吾

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