シリア難民の子どもたちと関わってきた活動の10年

シリア難民の子どもたちと関わってきた活動の10年

2023.06.19

今年、ヨルダンにおけるシリア難民の子どもたちを対象とした国境なき子どもたち(KnK)の活動は10年を迎えました。これを機に、シリア難民との10年間の活動を振り返ってみました。

シリア紛争開始後、ヨルダンにおける教育をめぐる状況

2013年、シリア内戦による急激なシリア難民の流入を受けて、ヨルダンは様々な課題に直面していました。教育については、シリア難民の子どもたちを受け入れるにあたり、学校のキャパシティ不足から、多くのヨルダンの学校にダブルシフトと呼ばれる午前午後で生徒を入れ替える2部制が導入されました。それに伴い、授業時間が50分から35分へ短縮され、新規教員の雇用も拡大しましたが、経験不足の教員が増加する要因にもなりました。生徒の定員は通常1クラス40名であったところ、45名以上が在籍し、過密状態となりました。

キャンプ内の学校が開校された直後、授業を待つ沢山の生徒(2012年)

2013年当時、過密状態だったキャンプの学校の教室

2012年7月には、シリア難民のためのキャンプも開設されましたが、当初キャンプ内での学校数はまったく足りておらず、1クラス100名を超える教室もあり、さらに広いキャンプ内の限られた学校では、通学に時間がかかりアクセスが悪いことから通わない選択肢を取らざるを得ない子どもたちも多くいました。

その結果、新たな生徒の受け入れが困難になり、退学数の増加、学校施設の老朽化、教育の質の低下、そしてホストコミュニティでは国籍の違いによるいじめといった課題を抱えることとなったのです。

【ヨルダンのシリア難民の状況】2013年12月当時

  • シリア難民57万2千人がUNHCRに登録
  • 約8割が都市部や郊外のホストコミュニティに居住、約2割がキャンプで生活
  • ヨルダンに避難しているシリア人のうち、36%の約20万人が就学年齢に該当
  • 約半数の10万6千人が公立校に登録。他方、9万人が学校に通っていない

 

参照
・UNHCR オペレーションデータポータル
https://data2.unhcr.org/en/situations/syria/location/36
・ヨルダン政府の2014年―2016年 National Resilience Planより。

避難生活を送るシリア難民は孤立を深め、精神的にも経済的にも不安定な生活を強いられていました。特に子どもたちは、児童労働や早期結婚、性的搾取、武装勢力への関与等のリスクに晒され、学校で物理的に子どもを保護する必要がありました。学校教育を受けていない「失われた世代」の発生を防ぐため、不断の教育機会を提供することはシリア難民支援における教育分野でも最優先課題として扱われ、多くの教育支援団体が注力しました。
これらの状況から、避難先でも、子どもたちが基礎教育を受け、社会性を携えて生きていくために学校教育は必須であると考え、急増する難民の流入とその子どもたちの対応で混乱しているヨルダンの教育分野の中でも、KnKは学校という場で活動を行うことにしました。

ザアタリ難民キャンプ、ホストコミュニティでの事業開始とその変遷

KnKは2007年よりイラク避難民支援事業を実施していましたが、上述の状況から、2013年よりザアタリ難民キャンプ内に設置された公立学校における公式教育を補完・補充し、避難生活を余儀なくされているシリア難民の子どもたちが学校という公教育の場にアクセスし続けられるようにすることを目的とした事業を開始しました。
当時の現地スタッフからは、KnKの強みである演劇やスポーツなどの活動提供を通じて、子どもたちがストレスを発散し、純粋に子どもが楽しめる空間や場所として魅力ある「居場所」を作ることが必要かつ優先だという提案が複数出ました。そこで、教員不足で授業が提供されていなかった学校の時間割の一部を活用し、音楽、演劇、ストーリーライティングといった情操教育を開始しました。当初、対象校は1校でしたが、その後キャンプ内の学校も増設され、最大3校で活動を実施しました。

ザアタリ難民キャンプにおけるKnKの活動変遷

キャンプでの通学風景(2016年)

2014年からは、キャンプの外のホストコミュニティにある公立校でも事業を開始しました。シリア難民の子どもたちだけではなく、シリア難民を受け入れることにより二部制となったことで、授業時間が短縮されるなどの影響を受けていたヨルダン人やその他の国籍の子どもたちも対象に入れ、国籍に関わらずあらゆる子どもたちが学力を理由に公教育からこぼれ落ちないようにするための補習授業を実施してきました。また、シリア難民の子どもたちをめぐる状況において、国籍間の軋轢やいじめなどを解消することも重要課題とされていたことから、多国籍生徒を受け入れるヨルダンの公立校の特性を活かし、補習授業にアクティビティの時間も加え、相互理解を促す場を創りました

ホストコミュニティにおけるKnKの活動変遷

取り入れた配慮と工夫の一例

キャンプの学校の場合

活動開始以降、難民キャンプという閉ざされた環境の中で将来のビジョンが持てない生徒が多くいることが見えてきたことを受け、2017年9月より、キャリア教育の授業を取り入れました。保護者の教育への関心度は家庭状況により異なるものの、貧困家庭では就労や早期結婚によって、教育の機会を失われる傾向がありました。特に事業対象地域では、公教育へのアクセスを阻む要因が他地域よりもある可能性が高いと考え、子どもたちが自分自身の将来について考えたり、興味を持ち、学習意欲が高まればというねらいから実施しました。

ホストコミュニティの学校の場合

ホストコミュニティの学校での補習授業は、シリア難民だけではなく、ヨルダン、パレスチナ、イラク、エジプト、ソマリアなど多様な出自を持つ生徒が参加していました。補習授業とともに授業の間に実施をしていたアクティビティでは、国籍の異なる生徒間の相互理解に重点を置き、自己表現や自己・他己受容など、生徒がゲームや遊び、また道徳的なテーマについて話し合う活動を実施していました。身体を使った楽しい活動や他者の言葉を直接聞く経験は、より自然な形で他者についての理解を深める時間となり、補習授業以外の平日の普段の学校生活において、頻繁に見られていたけんか等の争いが減ったという事例もありました。

アクティビティの時間はお互いを知る良い機会(2015年)

アンマンでの補習授業の間のアクティビティ(2016年)

現在の活動

シリア難民を対象とした事業開始から10年を経た今、急激なインフレやいまだに情勢、治安が安定しない祖国の状況を鑑み、帰還の目処も立てられないまま、隣国ヨルダンで暮らすシリア難民の人口は2014年以来ほぼ変化が見られません。祖国の土を一度も踏んだことなく、ヨルダンで生まれたシリア難民の子どもたちも、学年の大きい子では小学4年生になっています。

難民、移民を受け入れ続け、多様な国籍や人種の人々で構成されたヨルダン社会において、様々な背景を持つ個々人を理解し、ともに生きる人材の育成は、今後のより良い社会作りに不可欠です。2014年から補習授業で実施してきた相互理解を軸とした活動を通じて、学校が果たす役割の可能性に学習だけではなく子どもたちの社会性育成も含まれることを見出し、2018年からJICAの草の根事業として、日本式教育の一つである特別活動の試験実施事業を開始しました。ヨルダンが元々有している文化や慣習の良いところを活かし、活動の形式よりも本質的な意義を見定めながら、教育省をはじめとしたヨルダンの教育現場の人たちと活動内容を固めてきました。

特別活動の一環で異学年で構成される縦割り班活動にも挑戦(2021年)

特別活動の基礎となる日直当番。子どもたちにも好評(2022年)

難民という背景を持つ子どもたちが継続的に学校へ通い、避難先でも安心して暮らしていくには、彼らだけではなく周囲の子どもたちやコミュニティ、社会への働きかけが肝要です。第2フェーズを開始した今年からは、特別活動を軸に学校だけではなく、コミュニティを巻き込んだ社会性育成を図る事業を実施しています。

~最後に~

この10年、シリア難民の子どもたち、また、難民を受け入れる社会の状況に合わせて、ヨルダンで活動する意義やニーズも変化してきました。比較的情勢の安定しているヨルダンでは、喫緊性の高い活動からより持続性に重きを置き、シリア難民の子どもたちを軸にヨルダンに住む子どもたちに、より広くアプローチする活動に移行しています。シリア難民の子どもたちに関わる活動を通じて、事業対象の視野や課題解決への取り組み方の枠を広げられるようになったことは、継続して活動を実施してきた私たちの一つの大きな財産となりました。

また、多くの課題を抱えつつ寛容に難民を受け入れてきたヨルダンの教育現場に日本式教育である特別活動を導入していることによる経験は、難民問題に揺れる日本社会に必要な視座や学びを得る場になりうるとも考えています。

事業実施には課題や困難が多いですが、難民の子どもたちとの活動から得た私たちの知見や経験が、将来、難民と呼ばれる子どもたちがいなくなる社会を形成することに役立てられるよう、常に何が大事なのか本質を意識し、変化を恐れずに事業を進めていきます。

2023年7月発行のKnKニュースレターvol.115では、ヨルダン派遣員や事業担当者による関連インタビュー記事をご紹介しております。ぜひこの機会に資料をご請求ください。

 

※これらの活動は、日本の皆さま及び宗教法人真如苑からのご支援ならびに国際協力機構(JICA)より草の根技術協力事業として業務委託を受け、実施しております。

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50en imakihu
5,000円で、5人の青少年が1ヵ月間、学校に通えます。
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【ヨルダン(シリア難民支援)活動概要】

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