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子どもの権利条約採択から30年、心を響かす音楽を/コラム:佐藤慧さん

【国境を越えて】広げよう!子どもの権利条約キャンペーン

コラム:子どもの権利条約採択から30年、心を響かす音楽を
佐藤 慧氏/フォトジャーナリスト

2019年は、「子どもの権利条約」が国連で採択されてから30周年、日本が批准して25周年という節目の年です。このような条約が採択されるということは、残念ながら世界には、基本的人権や尊厳の守られていない子どもたちが、まだまだ存在していることを示しています。国連児童基金(UNICEF)の報告書によると、2019年初頭の時点で、世界の子どもたちの5人にひとりにあたる、3億8500万人もが、国際貧困ライン(※1)以下の生活を強いられているということです。もちろん、幸福に生きるために必要なものはお金が全てではありませんが、最低限の衣食住も整わない中で生活を続ける子どもたちは、様々な可能性が阻害されてしまうことでしょう。

世界各地で続く紛争、暴力から子どもをどう守っていくか

子どもたちの未来に負の影響を与えるものは、何も経済的な状況だけではありません。世界各地で続く紛争、暴力は、肉体的に危険なだけではなく、そこに生きる人々の心に影響を及ぼします。特に、まだ小さな子どもにとって、目の前で両親が惨殺されたり、近所に爆弾が落ちてきたりすることは、強烈なトラウマとなり、その後何年、何十年にも渡り、心を苦しめ続けるのです。「子どもの権利条約」第39条では、そういった戦争被害などにあった子どもたちが、心や体の傷を癒し、社会に復帰できるよう支援を受ける権利があることを宣言しています。

近年、中東地域では紛争が絶えず、多くの人々が国外へと避難したり、隣国の難民キャンプで生活を続けています。僕が取材を続けているイラク、ヨルダン、シリアといった地域でも、そのような生活を続ける人々とたくさん出会ってきました。そこで出会う多くの子どもたちが、何かしら心に傷を抱えていました。爆撃のトラウマにより、「飛行機」という言葉を聞くだけで全身が硬直してしまう女の子、人の首が刎ねられる光景が目に焼き付いて離れない小学生、長年のキャンプ生活のストレスにより、耳が聴こえなくなってしまった男の子…。そういった心の傷は、時間が経てば自然と癒えるものではありません。安心できる環境、信頼できる大人、そして何より、世界に対する「喜び」や「希望」を感じられる気持ちを取り戻すことによって、はじめて少しずつ癒されていくものです。

砂漠の真ん中に作られたザアタリ難民キャンプ。劣化したプレハブも多い。©Kei Sato/Dialogue for People

『ババガヌージュ』プロジェクトに込めた希望

今年10月、僕は友人たちと結成したバンド、『ババガヌージュ』(※2)で、そういった地域の子どもたちと一緒に音楽を楽しむという活動をしてきました。イラク北部、クルディスタンの難民キャンプや、ヨルダンのザアタリ難民キャンプには、もう何年も故郷を離れて暮らす人々が大勢います。そのキャンプで生まれ、故郷を知らない子どもたちもいます。難民キャンプの生活というものは、本来非日常のものです。いつかはキャンプの外に出て、普通の生活を営み、それぞれの目標に向かって歩んでいくための一時避難所です。ところが、いつキャンプ生活が終わるとも知れない毎日の中では、将来に対する夢や希望を描けず、生きる気力を失ったり、毎日の喜びを見失ったりしてしまう子どもたちがいます。そんな子どもたちと一緒に音楽を楽しむ場をつくることで、「生きてることって楽しいな」と、少しだけでも感じてもらえたらと思って始めたプロジェクトでした。

「ババガヌージュ」でアラブ地域の伝統曲を披露。みんなで合唱が始まる。©Keiko Tanabe

音楽は、言葉が通じなくても一緒に楽しめます。限られた環境の中で、生のギターやヴァイオリンの音を聴くのも初めてだという子どもたちが、目を大きく見開いて近づいてきました。僕の弾くギターに手を伸ばし、自由にかき鳴らし始める子もいます。中東地域の伝統音楽を奏でると、みんな合唱に加わってくれました。いつもは学校をさぼってばかりだという男の子も、この時ばかりは最前列で手を叩いています。打楽器を叩ける男の子が加わると、会場も一気も大盛り上がり。僕も、僕も、と寄ってきます。女の子たちの音楽の授業にも参加させてもらいました。授業が終わっても、次から次へと楽器を触りたい子が集まってきて、大騒ぎでした。

伸び伸びと歌をうたう女の子たち。男の子たちのカリキュラムには、音楽の時間は無いという。©Kei Sato/Dialogue for People

子どもたちの未来の可能性に向けた種を蒔く

音楽に何ができるというの?と思う方もいるかもしれません。ちょっと一緒に音楽を楽しんだぐらいでは、何も変わらないという意見もあるかもしれません。でも、学校の先生はこう答えてくれました。「音楽や芸術、情操教育というのは、国語や数学と比べると軽視されがちですが、とても大切なものなのです。表現方法を学ぶことで、子どもたちは自分の心との向き合い方を学びます。それに、たくさんのことに触れることは、子どもたちの未来の可能性の種を蒔くことでもあるのです。誰もが違った才能、それぞれの可能性を秘めています。その才能に気づき、夢を描くためにも、たくさんのものに触れることそのものが大切な教育になるのです」。

たくさんの子どもたちが、心の中に抱える葛藤と向き合う方法としてや、将来やりたいことの趣味や目標として、音楽と触れあってくれたら嬉しい限りです。いつかまた、一緒に音楽を楽しめる日々を楽しみに。

キャンプで新たに生まれてくる命も多い。故郷に帰る目途は立っていない。©Kei Sato/Dialogue for People

(※1)国際貧困ライン…1日1.90米ドル未満で暮らす人の割合を示すための指標

(※2)主に難民キャンプでの演奏を目的として結成されたバンド。ミュージシャンのSUGIZO氏(ヴァイオリン)、JIM-NETという医療支援NGO職員の斉藤亮平氏(キーボード)、そして僕、フォトジャーナリストの佐藤慧(ギター)がメンバーです。これまでにヨルダン、イラク、パレスチナで演奏活動を行ってきました。

佐藤 慧/フォトジャーナリスト、ライター(プロフィール)

1982年岩手県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト、ライター。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第二回児童文芸ノンフィクション文学賞など受賞。東京都在住。

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