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【友情のレポーター30周年】ナツキとロウの手紙 / 2003年カンボジア取材

1995年にスタートした「友情のレポーター(旧 子どもレポーター)」は、今年で30周年を迎えます。これまで、紛争や感染症のまん延などで、実施を見送った年も数回ありますが、一般公募で選ばれ、海外事業地を取材したレポーターは、開始から30年で総数70名となりました。
今回、30周年を記念し、元レポーターと現地で交流した当時の子どもたち、双方による手紙を通じて、「友情のレポーター」参加後に彼らがどのように成長し、このプロジェクトがどのような役割を果たしてきたかを紐解いていきます。

第二弾は、第17回「友情のレポーター」(2003)として、カンボジアのバッタンバンにある自立支援施設「若者の家」を訪問した安田菜津紀さん(当時16歳)と、当時取材に応じてくれたロウさん(当時15歳)との往復書簡をご紹介します。

前列がロウさん、後列左から2番目が菜津紀さん(2003年8月)

菜津紀さんからロウさんへ

ロウへ

久しぶり、ナツキです。最後に会ったのは数年前、カンボジアの観光都市、シエムリアップで、KnK「若者の家」の卒業生たち数人と食事を囲んだときだったでしょうか。時折、Facebookで近況は見ていますが、元気に過ごしていますか?

あなたと最初に会ったのはもう22年も前のことです。けれども今も目を閉じれば、当時一緒に過ごした日々が昨日のことのように浮かびます。私はカンボジアの言葉が分からず、ジェスチャーを駆使してのコミュニケーションでしたが、それでも「あなたのことをもっと知りたい」と思えば、心は通じ合うのだと教えてもらいました。

ただ、あなたが経験した貧困や労働など、過酷な日々について、通訳の方の言葉を介してしか聞けないことを、もどかしく思っていました。

その後、私はフォトジャーナリストとなり、カンボジアであなたと再会しましたが、あなたは猛勉強の末、ドイツ語、英語などを流ちょうに話すガイドとして活躍していましたね。その時に、あなたはこんなことを語ってくれました。

「ねえ、覚えてる?初めて会ったとき、ぼくは英語も日本語も分からなかったから、身振り手振りで伝えるしかなかったよね。だから“いつか菜津紀と通訳なしで、直接話せるようになるんだ”って約束したんだ」。

その夢、叶ったよね、と笑い合えたことは、私にとってのかけがえのない思い出です。そこからまた、10年以上の月日が経ちました。今、あなたが抱いている夢は、何ですか?

カンボジアよりはちょっぴり涼しい東京より

ナツキ

ロウさんから菜津紀さんへ

僕の友だち、ナツキへ

手紙を本当にありがとう。僕らの友情は22年にわたるけれど、初めてあったのがまるで昨日のことのようです。時が経つのは本当に早いものですね。

連絡を取り続けてくれて、心より感謝しています。日々が過ぎる中で、僕らは成長し、より良い人生を送るようになりました。小さな女の子と男の子だったふたり、今ではあなたはプロのフォトジャーナリストです。一方、僕はツアーガイドをしています。

コロナ禍は誰もが大変な時期でした。特に、シエムリアップのような観光客を相手にする仕事をしている人々は(自分を含め)とても苦労しました。僕はトゥクトゥクのドライバーをしながら一晩中働き、日中は働きに出た妻と交代し子どもたちの面倒を見る生活を送っていました。トゥクトゥクに乗って食品を売ったし、毎週日曜日には魚釣りに出かけました。

トゥクトゥクは、「若者の家」に住んでいた頃お世話になったスタッフ(当時)からゆずってもらい、毎月100ドルずつ返して全額支払い終えることができました。コロナ禍当時、親身になってサポートしてくれる方がいて、僕は本当にラッキーだったと思います。

現在は状況も良くなり、元のように働き収入を得ています。子どもたちを学校に通わせなきゃならないしね。ナツキも知っているように、僕には今、3人の娘がいます。長女は9歳、次女は8歳、末っ子は6歳になりました。

シエムリアップには、ヴァンナ、ラカナ、サムーン、ヴッなど、「若者の家」で一緒に育った友だちも住んでいます。兄弟のように親しいヴッとは、すごく近くに暮らしています。

お元気で

ロウ

菜津紀さんからロウさんへ

ロウへ

お返事ありがとう。

世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大していた頃、カンボジアに行くこともできず、もどかしい思いを抱いていましたが、観光の街で働いていたあなたはどれだけ過酷な日々を過ごしていたかと、手紙を読みながら改めて想像しました。

あなたからの手紙を受け取る直前に、隣国タイとカンボジアの間で武力衝突が起きたという報道が飛び込んできました。

すぐにあなたや、あなたの家族、娘さんたちのことが浮かびました。この戦火は拡大しないだろうか、あなたの暮らす街にまで及ばないだろうか、とはらはらしながらニュースを追っています。

そう、あなたがいるからこそ、私にとってカンボジアは、「遠く離れた地」というぼんやりした存在ではなく、「私の友人が暮らしている場所」として、いつも心の近くに感じているのです。

あなたやご家族、そして「若者の家」でともに過ごした兄弟のような友人たちの日々が、どうかこれからも穏やかで幸せなものでありますように。

いつかあなたやご家族と一緒に、カンボジアの鍋を囲みながら、たわいもない話で笑い合えることを願って。

ナツキ

※本手紙は、本人の同意を得て一部表現を調整し掲載しています。

日本と海外の子どもたちが互いの違いや共通点を学び、友情を育み、共に成長できる社会を広げていくため、これからも応援をよろしくお願いします。

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