報告:パキスタン事業担当 大竹 綾子
国土の3分の1が水没するという2022年の大洪水で多大な影響を受けたパキスタンのバロチスタン州において、KnKは「女子の安心安全な学校へのアクセス改善と教育の質の向上」に今年新たに取り組んでまいりました。途中、5月半ばから3ヵ月もの間50度以上の酷暑に見舞われ、学校の建設工事は大変難航しましたが、エンジニアをはじめとする現地のKnKチームやパートナー団体の忍耐強く懸命なコミットメントを通じ、11月にはあわせて1,000名を超える女子が安心安全に学べる学校計4校が完成しました!
学校インフラを整備するほか、バロチスタン州はジェンダー格差が顕著で不就学の女子の多さや児童婚などが社会的な課題であるといった報告が多い中、KnKは、女子が教育を受ける権利や女子の通学を妨げる障壁への理解を促進する活動を保護者やコミュニティに対して行ってきました。
今年9月末から10月上旬にかけてバロチスタン州へ実際に足を運び、自分が見えていたものが、ほんの一つの角度からでしかなかったことに気づきました。コミュニティの女子教育への無理解、地域の保守的な価値観に基づくジェンダー問題といった指摘をする前に、子どもたちや家族、コミュニティが直面している現実や各地域が抱える事情を自分がしっかり知ろうとしていただろうか、あらためて考えさせられました。
事業地の視察中、学校の再建を楽しみにしている様子を聞こうと、対象にしている小学校に通う生徒さんの家庭を訪問しました。お家は建設中の学校のすぐ横の敷地にあり、小学2年生のアイーシャさん(仮名)と同じ年頃のいとこのナシーラさん(仮名)が待っていてくれました。家の前の東屋のようなスペースに座ると、1分もたたないうちに体中から汗が吹き出るのを感じました。
「どんなふうに一日を過ごしていますか。」「新しい学校に期待することは何ですか」と聞くと、「朝起きたら学校へ行く準備をして、お昼を過ぎたら家に戻って宿題をします。妹たちとお人形ごっこをして遊んだ後は、水を汲みに行ってその後また妹たちと遊んで夜暗くなったら寝ます」「学校の勉強は好きだけれど、昼間はとにかく暑いので、教室が過ごしやすくなるとよいです」こちらをまっすぐに見てハキハキと答えるアイーシャさんの輝いた眼が印象的です。
ナシーラさんにも同じように質問をしてみました。「朝は朝食を用意してお皿を洗って、昼食を用意して洗濯をしたら昼寝をします。午後は水を汲みに行って、夕食の準備をして寝ます。遊ぶ時間はありません」伏し目がちにぽつりぽつりと話してくれました。その時、彼女が学校へ行っていないことに初めて気づきました。それ以上続けることが彼女をどれだけ傷つけてしまうだろうか。その場から逃げ出したい衝動に一瞬かられましたが、そこで話を中断することが彼女を否定することになるかもしれない。。。動揺した頭で絞り出したのは「大切なものは何ですか」という質問でした。
「安心できること」というナシーラさんの短い回答がすべてを語っているように感じました。ナシーラさんにとっての「安心」が今は一日のうちどこにも存在しません。すぐ傍の学校に同じ年頃の女の子たちが賑やかに通うのを見るとき、一緒に暮らすアイーシャさんが家で宿題のノートを拡げているとき、ナシーラさんが何を思うのか、彼女が繰り返す日々を想像すると胸がえぐられる思いがしました。そして、私自身がそれを思い起こす後押しをしてしまったことが今も悔やまれます。
荒れてしまった農地で得た日銭で10人もの家族を養っている両親に向かって、ナシーラさんも学校へ行って教育を受ける権利があるとその場で話すことはできませんでした。通学できる子どもとそうでない子どもを分けることを否定することもできませんでした。そうしなければ一家がやっていけないという現実がそこにはありました。何よりも、東京にいる私たちはナシーラさんの日々について想像することすらありませんでした。
アイーシャさん一家が住む地域は、洪水後の汚染された停留水が残り、その先には塩害と干ばつの被害が広がっているような、気候変動に大きく左右される地域です。清潔な飲み水やトイレへのアクセスがなく、電気も通らず、年間の半分は酷暑に襲われ、夜の間だけ息苦しさから解放される生活です。人らしく生きる当たり前の権利が奪われています。そんな状況の中でも、コミュニティの人たちは、
ジェンダー意識が不十分なコミュニティと私たちが評価することの驕りや、支援が必要な子どもへの配慮が足りなかった自身の行動をあらためて省みています。教育支援団体として、住居も水も医療もすべて支援することはできませんが、私たちが取り組む課題がどんな現状や社会的背景の中で起こっているのか、しかと見て考えなければ、支援は独り善がりになり、子どもにとっての最善が見えてこないだろうと思います。
アイーシャさんがこれから学校で先生や友だちと学び、自分や家族や隣にいるいとこがおかれている状況を理解できるようになればよいなと思います。KnKが関わった多くの女の子たちが自分の権利を守る勇気を身に着けてきたのと同じように、社会は変えられるもの、人生は選択できるものであるとアイーシャさんたちが思える日が近く来ることを願っています。
※ パキスタンにおけるKnKの活動は、外務省「日本NGO連携無償資金協力」の活用、ならびに日本の皆さまからのご寄付で成り立っています。