こんにちは。広報担当の清水です。
この夏、私は休暇を取り、カンボジアの「若者の家」の子どもたちを連れて遠足に行きました。帰国前、久しぶりにアンコールワットを訪れようと思い、観光ガイドをしている「若者の家」卒業生のロウに案内を頼みました。

雨季のアンコールワット
22年前に行った遠足の思い出を再び
「昔、この場所で幼い男の子が『ワンダラー(1ドル)!』と言って僕に物乞いしてきたよね。まさか自分が物乞いされるなんて思わなかったよ」と当時のことを懐かしく語るのは、「若者の家」卒業生のロウ(37歳)。遺跡を指差し、「今は、遺跡の保護と観光客の安全のために、新しく設置された階段から上るけど、僕たちが来た頃は、遺跡の急な階段しかなくて怖かったよね」と、流ちょうな英語でガイドの合間に私に話かけてきます。

2003年、友情のレポーター2人とアンコールワットを訪れたロウ(前列)
2003年、私は「友情のレポーター」を連れてカンボジアを訪れ、当時15歳のロウとほかの子どもたちと共にアンコールワットに来ました。ロウは20年以上も前に私たちと来た遠足のことを鮮明に覚えていてくれました。

アンコールワットの歴史を解説するロウ

あまりにも急で危険なため観光用に設置された階段(それでも急斜)
強い絆で結ばれた卒業生たち
今回アンコールワットを訪問する際、ロウから「前にKnKのスタッフだったソピア先生がトゥクトゥクの運転手をしているから彼に頼んであげてほしい」と連絡がありました。車は事前に手配していましたが、私も久しぶりに会うし、せっかくなのでソピア先生にお願いすることにしました。
コロナ禍の時期、観光業は大きな打撃を受けました。ロウの収入はゼロになり途方に暮れていたところ、ソピア先生が「使っていないトゥクトゥクがあるから貸してあげるよ」と声をかけてくれたそうです。ロウはトゥクトゥクで食料品を運ぶ仕事をして何とか家族を養いました。しかし、十分な収入を得られず困っていると、ソピア先生がガソリン代の補助までしてくれました。ロウは「ソピア先生は僕がKnKにいた頃から面倒を見てくれたんだ。今はソピア先生の収入が減ってしまったから今度は僕が助ける番だ」と言います。
その夜は、他の卒業生も集まり、懐かしい顔ぶれと夕食をとりました。KnKの卒業生はSNSなどで今も情報交換し、誰かが困っていたらお互いに助け合って生きています。子どもたちがKnKから衣食住や教育の支援を受ける期間は限られていますが、彼らの心には自然と強い絆が結ばれていたことに気付きました。
私をはじめ、きっとご支援をいただいている皆さまが思ってくださっている以上に、子どもたちはたくましく成長していることを実感しました。

卒業生の懐かしい面々

ロウとソピア






